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= ryuji_026

最近、大学に入った意味があるような気がしてきた。まだ高校生だった頃の俺に送る文章【毎日更新その054】

毎日更新

この文章はすべて一個人の感想です。事実ではありません。いろんなことを信じやすい人は気をつけてください。

最近は大学を卒業する資格をもらうための卒業研究ばかりをしていて、考えることも卒業研究と卒業論文のことばかりになってきています。

論文ていうのは、この世でまだ誰も知らないことをこの世に発表するときに書くもので、ただの大学生がそんなことできるのかと思ったけど、論文ていうのはすごく細かいことが書いてあって、そこまで細かいならそりゃお前しか知らないだろ。みたいなのも認められます。

まだ誰も知らないことっていうのは無限にあるけど、その中で自分で解明できそうなこととかは以外と少なくて、まずそれを考えるのが大変だったり、解明できてもそれをちゃんとこの世の人にわかってもらうのも大変だったりします。


高等教育機関としての大学

わたしは今まで、大学に入った意味ってあんまりないなーと思っていました。もちろん「大卒」っていろんなところに書けるようになるから、それは意味あると思っていたからまあいいか、とは思ってました。大学で専門にしていることはコンピュータのことで、例えばプログラミングを勉強したりしたけどだいたい本にも書いてあるようなことをマネしただけだし、たまに難しい問題をC言語で解いたりしたけどもうあまり覚えていません。他にも3D的な幾何の授業を聞いたけど、CADでなんかつまらないものを作っただけで、ためになりそうな大事そうな先生の話はあまり聞いていませんでした。

つまり大学自体が意味がないって言っているわけではなくて、わたしが真面目に話を聞いたり、いろんな事を覚えたりすれば意味はあったんだけど、わたしが真面目にやらなかったから、大学に入った意味あんまりないなーって思っていました。大学生活で意味があったなと思ったのは、シンクロをしたことと、それで知り合った大人にプログラミングを教えてもらったことくらい。

それで大学に入ってから3年経って研究室に配属されて、偶然自分の行きたい研究室に配属されて、そのあと半年ぐらいぼーっとして、最近は卒業研究しています。

卒業研究っていうのは、大学を卒業するために論文を書いてそれが認められなきゃいけない。っていうルールのやつで、プロ研究者がやっていることをマネしてやってみる、みたいなものです。卒業研究は失敗したりするけど卒業論文はほぼ失敗しなくて、卒業論文は「参加賞」と例える教授もいるそうです。

卒業論文を書くためにいろいろやったりするんだけど、ちゃんとやろうとするとすごく難しくて、今まで真面目に勉強しなかったから自分だけじゃ全然なにもできないです。だから研究室の教授や助教授や大学院生にいろんなことを質問したり教えてもらったりします。特に教授や助教授の方はわたしたちを卒業させなきゃいけないし、すごく親身に色々教えてくれます。

わからないなーって思って相談したらちょっとヒントをくれたり、それでもうーんやっぱりわからないって思っていると優しく教えてくれたりします。

どんな職業の人でもそうなんだけれど、大学の教授や助教授というのも結構アレで、学術的?アカデミック?な能力とか知識とかがすごくて、考え方もすごく学術的?で、専門家なんだなーって思います。

シンクロやってた頃は、大人でも若い人が周りに多かったし、なんというか今どき流行ってるバリバリな若者とかによくお会いしたりしてたから、そういう人ももちろんすごいんだけど、それとのギャップが凄くて最近は高低差ありすぎて耳キーン!てなっています。

話を戻すと、大学は高等教育のための場所で、高等教育っていうのは学修の成果として学位やそれに準ずる学術称号が授与される課程らしいんだけど、要は勉強したりできる場所です。大学ではいろんな人がいて視野が広げられるとかいうけど、そんなの大学に入らなくたってできるし、むしろ大学に入ってないほうがいろんな人に会えると思います。それだから今までは意味ないと思っていたんだけど、卒業研究を始めてからすごく大学に意味を感じるようになりました。

論文を書くためにはいろんな準備が必要だったり、ルールがあったりして、内容もしっかりした論理みたいなものがないといけないので、そういうことを勉強しなきゃいけないんだけど、これは大学の研究室じゃないと絶対教えてもらえないと思います。あとは、研究する上でどうしてもぶち当たる(べき)壁があってそれは「学問ってなんなの?なにこれ、俺なんでこんなことやってんの?」っていうやつで、それを考えると勉強することの意味がなんとなくわかってきたりします。

「参加賞」をもらうためには「参加」しなくてはならないけど、「参加」するために満たすべき条件を満たせるようになる(してもらえる)のが研究室なのかもしれないと思いました。

だから大学っていうのは誰もが行く必要はないと思うけど、勉強とかに興味があるなら行ってみてもいいかもしれないです。

今いろいろ指導してくれる先生方や大学院生や真面目に卒業研究に取り組んでいる学部生たちからいろいろ学べるから、大学に行った意味はありました。あと4ヶ月くらいで卒業研究終わるのでそれまではもうちょっと学問の真似事をしたいと思います。


もしまだ高校生でこの文章を読んでいる人がいたら

  • 大学行く意味あるの? → 前述
  • より偏差値の高い大学に行く意味あんの? → よい先生やよい研究室が多い「可能性」が高まる気がします。「ハズレ」と感じる「可能性」が下がる気がします。
  • 大学ってどうやって選ぶの? → 教授に会ってみたり話を聞くチャンスを見つけるといいかもしれません。オープンキャンパスの研究室見学なども多少は当てになるかも。面倒なら入学するのが難しい大学を選べば後悔する「可能性」は下がるかもしれません。大学に通うことに不安がある人は、家から近かったり、建物が綺麗な大学を選んでもよいかもしれません。
  • 大学に入ったらなにをすればいいの? → 自分が正しいと思うことをすればいいと思います。なにをすればいいかはその人によって違う気がします。ただし勉強はしておいてもいい気がします。
  • いい大学に入るにはどうすればいいの? → 勉強をしましょう。

最近の感想は以上です

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