Roll Play My Life

= ryuji_026

ディズニーの楽しみ方 好きなディズニー作品「リロ・アンド・スティッチ」篇

ピクサーを含む一番好きなディズニー作品はなに?

一番をはっきり答えきるのは正直無理だと思う。好きなゲーム第一位も答えられない。好きな動物第一位は犬。

最も好きな作品のうち1つ、いわゆる one of 的な言い方ならできると思う。「リロ・アンド・スティッチ」篇。

youtu.be

1年以上前に、友だちとディズニー映画の話をしたことをきっかけに「ディズニーの楽しみ方 好きなディズニー作品「トイ・ストーリー3」篇 - Roll Play My Life」というものを書いて、最後に、今度スティッチの話を書こうと書いた。

せっかくだし、見返してから書こうと思っていたら1年以上経って、それからずいぶん環境は変わったけど、ついにDVDを見返した。


救いの物語

わたしが好きな物語の特徴として、救いがあるというものがある。

物語の「起」では登場人物に起こる/起きている不運や不幸が描かれ、「結」で救われるという構造のはなしを、救いの物語と思っている。それは決してハッピーエンド、大団円である必要はなくて、登場人物が精神的にあるいは環境的に救われたかということが重要。

リロ・アンド・スティッチという物語は、不幸にも両親を失った、未熟ながらに「母親」であろうとする姉と、姉や友人との接し方に迷っている主人公リロ、2人の生活が描かれる場面から始まる。

その舞台設定にスティッチという要素が投入されたことがきっかけに、2人の生活がハッピーになって物語は終了する。

物語の構成としてはこうなんだけれど、一貫して語られているテーマは、「みにくいあひるの子」をモチーフにしたひとりぼっちとその救いにある。

遺伝子操作で生み出され家族のいない脱獄者のスティッチと、両親もいない友だちもいない姉とはうまくいかにないリロが、お互いに出会ってお互いがかけがえのない家族になることで救われる。これが物語のテーマで最高なところ。


スクランプという舞台装置

いや、これは本当に声を大にして言いたい。

リロ・アンド・スティッチには「スクランプ」というぬいぐるみが登場する。

スクランプは「頭が大きすぎたから、耳から入った虫に卵を植え付けられて、あと2,3日の命(言葉尻うろおぼえ)」という設定の、リロ手製の人形。このスクランプは、同じフラ教室に通う女の子たちが、手に持った人形で、このあとお人形遊びをする予定をリロに隠そうとする物語冒頭のシーンに初登場する。

そのシーンの最後にリロはスクランプをぎゅっと抱きしめ家に帰っていく。

次に登場するのはスティッチに振り回されるシーンで、最後はスティッチとリロの手術によって時限爆弾と化す。

このようにスクランプは、友だちがいない人形も持っていない、そんなリロが自分でつくった人形として描かれている。そのスクランプが物語が進むに連れて登場しなくなっていき、最後には爆破。

スクランプは「リロにとっての友だちの代わりだったが、スティッチがいることでもう必要がなくなった」かりそめの友だちとしてつかわれているシンボルということが考えられる。



リロの大切なものが「スクランプ→スティッチ」と変化していくことを描いているシンボルなのに、そのスクランプが!スティッチの代わりだったスクランプが!かわいらしいビジュアルのせいで!グッズ展開の場面でスティッチと仲良く描かれている!!!

グッズもそう!LINEスタンプもそう!

これは許せん!!!!!


救いの物語 補足

わたしが救いの物語と思っている作品は他にも多く、「ジョジョの奇妙な冒険 Part7 スティール・ボール・ラン」(「この『物語』は、ぼくが歩き出す物語だ。」)とか、最近見た「心が叫びたがってるんだ。」(メインの登場人物4人が全員、互いの出会いで救われていく)とか、「ドラえもん」(のび太ドラえもんの存在で救われる)とか。
もう少し広めると「フランダースの犬」(苦しすぎる現実から「キリスト昇架/降架」を見れたことと死をもって救われる)とか「機動戦士ガンダムファーストガンダム)」(身寄りを(実質的に)なくしたアムロが戦いの果てに帰れる場所があることを知る)とか。

こういうのです。

ディズニーの楽しみ方という意味

これについては前回のトイ・ストーリー3のときのわたしがいいこと言ってて、

「これは完全にわたしの拡大解釈で、いわゆる「作品考察」みたいなものとは違うけど、映画とかこうやって感情移入してみるのおもしろくて、同じお金や時間を使ってみるなら、おもしろい方が得というライフハック

とのこと。

次回予告:??

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