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Roll Play My Life

= ryuji_026

戦型と戦う。ピンポン、対戦ゲームなどについて

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最近フジテレビで週1回、ピンポンというアニメが放送されている。これは卓球を題材にした高校生たちの青春物語で、原作漫画は全5巻、完全版(?)は全2巻原作は全9巻で完全版が全5巻、アニメ化と同時に発売された完全版第二弾が全2巻(追記)というお手軽っぷり。でもそのお手軽さに反して内容は非常に読み応えがある。

ピンポンを読んでいると、「戦型」という言葉が出てくる。調べてみると、どうやら卓球というスポーツには「戦型」と呼ばれる戦い方のパターンのようなものがあるらしい。またそもそも卓球では、大きく分けてシェークハンドとペンホルダーという2種類のラケットが使われていて、そのどちらでも公式大会に出場することができる。

ピンポンでは、主要登場人物に使用ラケット(とそのラバー)と戦型が設定されていて、人物の名前とともに紹介される。例えば「月本誠 右シェイク 両面裏ソフトカット主戦型」といったように。これは想像だけれど、卓球において戦型や使用ラケットというのは名前並に重要なのかもしれない。漫画だからキャラクターを立たせるために大きく紹介しているのかもしれない。

戦型は「卓球 - Wikipedia」によると大きく分けて、ラケットごとにそれぞれ

  • シェーク
    • ドライブ主戦型
    • 前陣速攻型
    • カット主戦型
    • 前陣攻守型
    • オールラウンド型
  • ペン
    • ドライブ主戦型
    • 表ソフト速攻型
    • 異質ショート型

といった種類があるらしい。

ピンポンには「…カットなど試みてみたのだ。ところが、耐え忍ぶばかりのこの戦型は、俺の性にまるっきり合わねえときてる。」という台詞がある。「カット主戦型 - Wikipedia」によると現代では「耐え忍ぶばかり」というほどではなさそうだけれど。他にも「畜生……ショートやブロックばっかのセコイ卓球しやがって。」という台詞も出てくる。

どうやら戦型には、(気持ちが)積極的な選手から見ると「セコイ」ように見える戦型や試合のペースがあるらしい。

一方、対戦ゲームでは、戦型という言葉はまだ発生していない(あるいはわたしの所まで普及していない)。それでも対戦ゲームでは戦い方の特徴みたいなものは一定あり、有名なものではスト2でいう「待ちガイル」がある。現代では、特に格闘ゲームにおいて有名プレイヤーの特徴的な戦型を「◯◯(プレイヤー名)式」と呼ぶ風習がある。「待ちガイル」は極端だけれど、ほとんどの対戦ゲームでは使用キャラクターやプレイヤーによって戦法の得意不得意が存在する。

日本人プロゲーマーのうちの1人、ときどは「ときど式」呼ばれる戦型を持ちながら「(戦型が)寒い」「寒さ全一(全国一位)」などと半分冗談で言われたりする。

こんなふうに、対戦ゲームの世界では、いわゆる「逃げ」や「待ち」の戦型というのは「セコイ」と言われがちである。(ときど式は逃げや待ちではない)それがなぜ、スポーツやボードゲームの世界ではあまり「セコイ」と言われず戦型の1つとして定着しているのか、不思議に思った。

わたしの予想では

  • 1つのゲームの寿命が短いこと
  • ゲームが楽しむために作られたから

が思いついた。

「逃げ」や「待ち」が「セコイ」と言われる理由は、『大きな実力差がないと「逃げ」や「待ち」を崩せない期間が存在する』から。なぜ「期間」なのかというと、対戦ゲームは稼働開始してからプレイヤーによって研究がなされて、強いキャラクターや技、戦型が生み出されていくけれど、その研究のペースにおいて圧倒的に「逃げ」や「待ち」が強い期間が生まれがちだということ。つまり、研究が進むと「逃げ」や「待ち」に対抗できる戦型が生まれることもある。

そしてゲームがみんなが楽しむために作られたからという説。これは、対戦しているお互いが勝っても負けても楽しみましょうという概念からきている。スポーツなどの場合、大会では出場者の多くが勝つために試合に望む。ゲームでも同じように、大会の場では勝つためにプレイされているはずなのだが、プレイヤーが自分たちの尺度(勝っても負けても楽しみましょうという概念)を持ち込んで評価していることが理由。

なぜかというと、スポーツの大会とゲームの大会で(特に観客にとって)大きな違いは、「人生かけてるプロ」か「片手までやってる遊び」かということにある。しかし実際にはゲームの大会においても「人生かけてるプロ」は出場している。しかしその事実がまだ観客に浸透していない。浸透には時間がかかる。つまりゲームの寿命が短いと、浸透する前に観客の気持ちがリセットされてしまう。だってしょっちゅう違うゲームタイトルで大会出てんだもん。卓球の選手が次のオリンピックでテニスの試合出てたらガッカリ。

結局わからないのが、どうして1つのゲームの寿命が短くなってしまうのかということ。例えば将棋だと、新しくボードゲームが開発されても、棋士が「将棋引退してあの新作やろう」とかあんま言わない。ずっと将棋やってる。でもほとんどのゲームにおいては新作が出たらプレイヤーが新作に移る。なぜ?

今までのゲームには将棋ほどの完成度を持ったものがないとか。あるいはゲームを取り囲む環境が整っていないとか。

例えば99年にNINTENDO64で発売されたスマブラは今でも必死になってプレイしている人たちがいる(ネトスマ勢とかって呼ばれる)。もしも64のスマブラにスポンサーが付き、大会がテレビ中継されたら将棋みたいになることができたのか。謎。

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「戦型」というキーワードでググると、大抵、将棋の戦型についてのページにアクセスできる。どうやら戦型という言葉は将棋においての方がオリジナルらしい。

将棋のことを知ってみたいけど、「ところが、長考が当たり前のタイプのボードゲームは、俺の性にまるっきり合わねえときてる。」

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